はじめに・ 準備、車検、プロローグ・ Etap1〜4Etap5〜7振り返って
最終更新日:2004/05/27
【すべり込みセーフの準備段階】

憧れの砂丘
 ずっと前からアフリカのラリーに出たかった。走ってみたかった。想像も出来ない未知のアフリカ砂丘を、果たして自分が越えられるのかどうか試してみたいと思っていた。そんな遠い「いつか…」が近くになるのは、ほんの些細なきっかけだったりする。

 今年のパリダカのコースで、私達が参加するアシスタンス部門にも「砂丘越えのステージ」が設けられていた。しかも時間帯は何も見えない真っ暗な夜。「夜の砂堀大会が楽しめるよ」と脅かされていた通り、本当にあちらこちらで砂堀をしていた。夜の砂丘地帯というのはまるで「月の表面」のようで、ライトに映る白っぽい砂と闇が織り成す幻想的な世界。そんな中、手際よくルートを指示してくれた同乗者の「チームAPIO」メカニック三栖さんのおかげで、ドキドキしながらもスタックすることなく、4〜5時間の砂丘越えは無事にクリアーすることができた。やった!できた!しかもおもしろ〜い!。「出たい」に火が付いた瞬間だった。

 しかし私は大人である。「行きたい」のと「行ける」の違いが分かる大人である。「お金かかるし、クルマもいるし、英語分かんないし、フランス人のラリーってムズカシイし」それがあと一歩を踏み出せない一番大きな理由だった。
 だけどそんな大人に変化があった。「カッコ悪くて、いいんじゃな〜い!?」周りの目を気にしない無心な子供に戻ったのか、それとも単なるオバサンの開き直りなのか、いつの間にか自分の中の変化が、「いつか」を「今」に変えてくれた。

 メカニックなし、アシスタンスなし、スペアーパーツも消耗品だけのナイナイ体制で始まったこのラリー。当然全ての荷物を荷台に積んで走らなくてはならない。出場車両は乗り慣れた大好きなビッグホーンではあったものの、過去3万km走破のラリー戦歴を持った10年選手のクルマときては、いつ、どこが壊れてもおかしくなかった。しかも他に同じ車両が出ていないため、他からの部品の供給も望めない。
 これは初めから「競争」という意識から外れることであり、今の時代に逆行していることも分かっていた。そのうえ背負うリスクも高かった。

【いつもの名(迷)コンビ復活】

ライセンス取得済
 そんな「壊したらオシマイ」のリスクを2人で背負うナビゲーターは、ラリーレイド・モンゴルで過去2回コンビを組んだことのある会社の「ハカセ」こと小石沢彰。
 ただ彼には1つ大きな問題があった。それは国際C級ライセンスを持っていないこと。チュニジアラリーはFIA公認競技のため、選手はFIAライセンス(国際C級ライセンス以上)を所持していなければならず、もちろんナビゲーターにも必要なライセンスである。日本を出発するまでの50日間で、国内B、A、国際Cを取得しなければならないのだ。(国内Bはすでに取得済み)
 この短期間のライセンス取得への道のりは、かなり険しいものだったようだ。冬であるこの時期にまずレース自体が少なく、その中でレース仕様のレンタル車両を探し出し、予選落ちもあるレースで2回完走をしなくてはならない。サーキットレース未経験のハカセに圧し掛かる「失敗は許されない」プレッシャー。ラリー準備段階のこの時期からすでに過酷な試練は始まっていた。こうして1ヶ月そこそこの超特急スピードで、念願の国際ライセンスの取得を経たハカセは、晴れてチュニジアラリー行きのチケットを手にすることができた。
注)ライセンス取得のご予定の方は、余裕を持ったレーススケジュールを「強く」お勧めします。

 
【またまたヨロシクね!の巻】

足廻りチェック中
 出場車両のビッグホーンは、浅井明氏によりパリダカ、ファラオラリーのために製作され、その後私達の「ラリーレイドモンゴル」でも3回完走を果たした恐るべき戦歴を持ったクルマであった。
 エントリーしてから船出しまでの2週間というもの、不足しているエアーリストリクターの取付け、チュニジアラリーの航続距離400km(+10%)をカバーする300リットルの安全タンクの交換、T2(スーパープロダクション)クラスに必要な自動消火器の取付け、さらに整備や補修、点検や積み込みで、頭も体も猛烈に忙しかった。

【第一関門はFIAのキッチリ車検】

らくらく人検

ドキドキ車検
 車検の1週間前にフランス入りをした私達は、日本から船で送った車両を引き取り、会社所有のルマン郊外のガレージで、最終チェックと荷物の積み込みに追われていた。
 通知があった車検日に合わせて1200kmほど離れたフランス南部ニースの車検会場に行ってみると、あららのトップバッター。しかもその時間帯にはたった4〜5台しかいないので「優先的でラッキー」なんて楽観視していたら、どうやらそうではないらしい。オーガナイザーとFIAの車検担当員とで、ひとつひとつ細部に渡るまで細かくチェックされ、何かあるとその都度FIAのレギュレーションブックで確認しながら、入念な車検が行われた。
 確かに考えてみると「私達初参加だしー、ドライバーは小さいしー、ナビも怪しいしー、ウチらぜったい要注意グループだよね」チェックの厳しさも妙に納得できた。
 ちなみに行きがけに会社の人から、パリダカに出始めの頃、ロールバーの本数が足りずに車検落ちをした時は、時間もパイプ屋もなかったため、車検会場だった工場跡地の階段の手すりを切ってロールバーにしたものだ、などと脅かす話も聞いていたので、無事に車検に通った時はガッツポーズをとりたいくらい嬉しかった。毎日J項(JAFの車両規則書)とにらめっこしていた甲斐があったというものだ。


パルクフェルメ

車内よりスタート直前
【パリダカに出てくるような崖っぷちコース】
4月4日 PROLOGUE ニース〜レベンス〜ニース
TOTAL:62km (内SS=競技区間5km)

 パルクフェルメにずらりと並べられた総勢250台もの二輪、四輪、カミオン。ゼッケンはフランス語で呼ばれるため、自分のゼッケン「296番」を何度も口でモゴモゴ唱えてみた。
 タイムカードをもらって言えるのは「メルシー」だけ。スタートする時、マイクで紹介されて聞き取れたのは「ジャポネ」だけ。地中海気候のポカポカ陽気と多くの観客の中、いよいよ今年のチュニジアラリーが動き出した。真っ青な海と沢山のラリー車が眩しかった。
 ニースの林道で行われた5kmの記念すべき最初のプロローグは、いきなり坂道発進からスタートし、続く坂道にスピードが乗らずに「おっとっと」、テレビで見るようなガードレールのない崖っぷちコースに「おっとっと」、1回では曲がりきれない下りUターンに「おっとっと」のガチガチプロローグだった。

 
<<< >>>

CONTACT US