最終更新日:2005/09/25
■スリッパ「モンゴルへ行く」 旅立ちの巻
 

1人乗りの小さなバギーで、『北京ウランバートル』に行って参りました。
昼夜を問わずよく走り、よく止まっては、時々迷い、結果はエントラントの中で一番長い時間走ってしまいました。キャンプ地での睡眠時間は、合計5〜6時間。どうりで幻覚もよく見たわけです。

今回私が乗った"スリッパ"と呼ばれるこの2WDの乗り物は、一見バギーっぽく見えますが、一般的に言うそのバギーとは趣きが違い、分かりやすく言えば"軽トラのバギー仕様"です。宅配業者の赤帽さんが使用しているあのリア・エンジンのスバル・サンバーをベースに、フレーム、エンジン、足回りの位置や構造はほとんど変えることなく、そのまま使われています。
バギー用として変えられたところは、前方の運転席をセンターに置き、シートの高さもフレーム下まで下げられたこと(操縦性や重心の前後バランス・安定性を図るため)、タイヤ径が大きくなったこと(悪路走破性を良くするため)、リアショックの取付位置と本数を変更したこと(私は『プロコンプ』使用)、キャブと荷台が取り払われ、ボディは鉄パイプとアルミ板で製作されたこと(コケてもガードしてくれるし、軽くて丈夫な構造)等です。
このスリッパは"もっとみんなが気軽に楽しめるバギーを"と、バギーやオフロードのレースカーを手掛けていたファクトリーハナワの故・塙正之氏を中心に、構想され実現化された新しいカテゴリーのバギーなのです。 以前はスリッパだけのワンメイクレースもあり、あえて改造範囲を制限することにより、同じ条件で競う面白さが人気を呼び、またコケても起こせばそのまま走り出せる軽快さ、交換部品の入手のし易さ、この当たりも失敗しても笑っていられるスリッパの魅力でした。

ところがです。池町さんがスリッパ(ベースは同じですが、足回りは少し違います)でBTOUに出ようじゃないかと言うではありませんか!「スリッパなんて絶対ムリムリ」→「ムリだろう」→「ムリかな?」→「気になる」→「すごく気になる」→「やれるかな」→「やってみたいな」→「やろう」。嫌いじゃない私は、こうしてエントリー用紙を書いてしまったのでありました。
ラリースタート〜HATANBULAG(8月8〜9日)


ラリースタート1週間前、中国側での諸事情により、実際のラリー開始は2日目の午後からになりました。
減らしたつもりの荷物なのに狭い車内は荷物の山で、私は間で埋もれていました。しかも車体が揺れると荷が運転を妨害するので、運転しながら肘では荷物の番もするという、なんとも可笑しいやら呆れるやら。さらに重い工具袋を取り出そうものなら、まずその上に乗っている荷物を一旦、全部外に出すところから始めなければなりません。こうして先の長い長いモンゴルの時間は始まりました。

次の苦戦は目線の低さです。
周回コースの設定で作られたこのスリッパは、重心を低くするため、ギリギリまでシート位置を下げていました。しかも私は背が低い分(150cm)、人より10cmくらい目線も低いので、目線はまるで子供用の三輪車並みです。おかげで近くまで行かないと穴が分かりづらかったり、草地の薄いピストは目を凝らしても見失ったり、ナビゲーションには非協力的でした。
また目線が低さは、体感速度も狂わせます。自分では速く走っているつもりが、メーターを見てみると80km/h。ガッカリします。

体も気分も温まった頃、ガツンと石にタイヤをヒットさせ、スチールホイールを曲げてしまいました。一緒に走っていたエコチャレンジの#122ジープ(志賀/山田組)がタイヤ交換を手伝ってくださり、また気を取り直して走り出しますが、その直後、今度は気づかぬうちにもう1本のタイヤもパンクさせてしまいます。ストロークの許容範囲が限られているため足回りにおよぶダメージをかばおうと、最もハイトの高い設定があったスタッドレスタイヤを選らんだのが裏目に出たようで、すでに2本の車載スペアータイヤは使い切り、スタートしてから100kmそこそこで、私はパンクに怯ることになりました。しかもスペアーホイールの1本はハブ径が合わず不安定な状態でしたので、時々増し締めをしながら、ゆっくり確実に行くしかありませんでした。

日が落ち、風が出てきて、雨も降り出し、向こうの空では稲妻が光り出しました。困ったことにこれから向かう方角です。雨足も次第に強くなり、窓ガラスがない私は慌ててカッパを着て、荷物をカバーし、こんな時のオープンタイプは大変です。辺りの落雷はひどくなる一方で、前でピカッ、横でピカッ、直後に飛び上がるような爆音です。だんだん不安になってきます。雷は高いところに落ちるといいますが、この辺で高いものって何かしら・・・ワタシ!?もう怖いというよりヤバイといった境地でしたが、成すすべもありません。激しい雷雨の中、それでもホイールの増し締めのために定期的に止まっては金属の工具をジャンバーで包み"落ちませんように"と祈りながら、外に飛び出したものでした。
1時間も経つと辺り一面は巨大な池と化し、枯れ川には濁流が。水分を含んだ地面はマッドに変わり、1日目にして赤いスリッパは茶色になってしまいました。
途中カミオンバレーを待つ二輪の#34大島さんに会い、工具を貸していただきましたが、あの強烈な雷雨は、どんなに怖かったことでしょう。

遅かった理由:パンク2回、ハブ径が合わないホイールの心配、大雨・雷注意報。
【走行時間:11h16m05s】

キャンプ地では#107のジャルジャルさんたちが、パンクの修理を手伝ってくれたおかげで準備は万全。寝る暇もなくそのままスタートへ。

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