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ラリー参戦記「ラリーレイドってスゴイ!」
「ラリーレイドは恐ろしい」
 4日目(8月16日) バルンバヤンウラン〜バルンバヤンウラン
    合計 283.21km(SS283.21km)
    四輪部門 本日の成績2位(1位との差 1時間35分34秒)/総合成績2位
写真  四輪部門の総合順位が1位から3位まで1分30秒圏内に集まってきたラリーも4日目、おもしろい展開になってきた。
 この日は「マスターオブ・ゴビ」と呼ばれる砂のステージで、ドライビングによって大きくタイム差がひらく日だと言われていた。一瞬の判断が明暗を分ける、砂に実力を試される日である。ドキドキしながらスタートするとすぐに砂丘はやってきた。

 砂の大波・小波をひとつひとつ乗り越えて、ずんずんずんずん私達は深い海の中へと入って行った。がっちりハンドルを握る両手が汗ばんでいるのが自分でも判かった。そのまま絵ハガキになってしまうような黄金の砂丘群は、今までのどの砂丘よりも美しく、かつ興奮するものだった。なにかラリーレイドの仲間入りができたような、そんな照れた気分を感じたことを覚えている。そして私達は慎重かつ確実に、走りやすい楽なラインを探して選び、無事に最初の砂丘群をクリアーした。
 タイヤの空気圧をコマメに調整した甲斐もあって、フカフカ路面もデコボコ大地ものびのびと走ることができ、私はとても気分が良かった。そうしてキャンプ地まで残すところあと20km、左手は白っぽい砂の海、右手は緑のブッシュ地帯へと様変わりをする中、クルマは砂の海の波打ち際あたりを軽快に走っていた。
 そして目の前にカミオンバレーやオフィシャルの姿が飛びこんできた。最後のCPである。
 そこは意地悪にも砂丘の頂上に設置されており、しかもその手前の砂丘の旗の脇を通過してから向かわなければならなかった。そこで目に入ったのは私達の社長であり先生である菅原の姿だった。

 昨年ナビゲーターとして助けてくれた菅原は、今年はカミオンバレーのドライバーでありオフィシャルという立場だが、日本の浜辺で砂の走り方を教えてもらったり、乗り易いクルマに仕上げてくれた菅原に、私達が元気に走っている姿を見てもらえることが嬉しかった。そして自分でも気持ちがいいほど上手く遠心力を使いながら手前にある砂丘に登り、そしてそこから助走をつけてCPのある目の前の砂丘を登った。そこで無事にCPを通過できた達成感と、思いの外上手く乗れてる嬉しさで「砂丘ってそんなに怖くない」そんなヘンな自信がついていた。
 あとはキャンプ地までの10kmを残すだけ。
 私は慎重さも砂の怖さも忘れていた。
 不思議なもので砂丘の上にいるときは、早く下に降りたくなり、反対に下にいる時は早く登らないと助走不足でスタックしてしまうような錯覚に陥った私は、吸い込まれるように目の前の砂丘に登った。
 慎重さ冷静さを失った私は何も考えず、ただ目の前にある砂丘を登ってしまったのだ。
 一気に頂上まで登りきった私は、その高さや斜度に一瞬面食らい、とっさに固い路面が広がる右側のブッシュ地帯までバランスをとりながら尾根伝いをたどっていこうとハンドルを切った。
 怖いとも危ないとも感じていなかった。
 そして事は起こった。ダンッという慣れない衝撃と共に、目の前の風景が回った。
 私は転倒したのだった。

写真  信じられなかった、信じたくなかった。あんなに上手く行っていたのに、どうしてこんなことに…。その時私は必死でリセットボタンを探していた。
 なかったことにしよう、なかったことにしなくちゃ、と必死でもがいた。けれど現実をリセットすることなどできるはずもなかった。「どうしよう、どうしよう」とパニック状態の私に、隣りでシートベルトに吊られているハカセが「大丈夫、大丈夫」と落ち着かせてくれ、下側になった私を先にクルマから出してくれた。

 やっと脱出して見たものは、大切なクルマが横たわった姿だった。泣き虫の私だが涙なんか出てこなかった。あんなに大切に作ってくれた大好きなクルマを、まだレースも半ばで倒してしまい、事の重大さに震えが止まらなかった。安全タンクの大気開放口からジャージャーと流れ出すガソリンは、まるで人間の血液のように思えて、グローブも外さない手で押さえながら、悲しさも止まらなかった。
 そしてハカセの掛け声のもと、私達は砂を掘って掘って掘りまくった。しかし乾燥しているモンゴルの砂は蟻地獄のようにサラサラと崩れてしまう。「ぜったいゴールしますからね」ハカセが砂を掘りながら叫んだ言葉が胸に響き、私は泣きながら砂を掘った。転倒付近の斜度がキツイため、下へ向けてゴロンゴロンと回転させて、40分後ようやくクルマは元の体勢に戻った。
写真  しかし起こす時に壊れたフロントガラスやへこんだボディは、自分の失敗の身代わりとなり、私の運転の未熟さを証明していた。そうしてどうにかエンジンも無事にかかり、もう終りだと思っていた私は再び涙が溢れ出し、起き上がってくれたクルマも、再びキャンプ地目指して動き出す。
 粉々に割れたフロントガラスと乾かない涙で、私は前が見えなかった。
 窓から飛び出していった使い慣れたモノ達や、アリンコのような小さな小さな私の自信も、サラサラした砂は簡単に飲みこんでいった。
 砂丘では本物しか残れないという。
 ごまかしが利かないこの世界で、これが私の実力だと思った。

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